セフレっていうと、なんだか特殊な付き方だと思いませんか?
だって、どういう男女が出会うことになるかというのが、あらかじめセックスだけの関係として決められているわけでしょう。
例えば一目ぼれとか運命の出会い的な要素はあんまりないわけですよ。
それでもまあ、二人が知り合ったきっかけがセフレだったとしても、その出会い自体が運命だったと感じて嬉しく思う人はたくさんいるでしょうが。

セフレによってよい相性のセックスができたら、将来的な安定は得られるかもしれません。
例えば、セックスしたくてもなかなかチャンスがなくて、本当に困っていたところに親戚のおばさんとかが良い縁談を持ってきてくれたということだったら、それこそ是が非でも飛びつきたくなるでしょう。
その気もちは私だってよく分かります、なにしろ私もセフレとの思い出があるひとりなので。

これはあくまで私の場合ですけれども、若いころ――二十代前半の頃は特に、セックスだけの付き合いというものに対して全く焦りというものを感じていませんでした。
そう言ったら、自分の容姿に自信があったからなのかとか、いろいろなふうに言われるかもしれませんが、私は自分の容姿に自信があるから「焦らなくても出会いのチャンスはきっとある」などというふうに考えていたわけではなく、単純に「セックスというものをそれほど熱烈には望んでいなかった、ということなのです。

他人によっていろいろと考え方はあるでしょうが、若いころの私は特に、幼い子供というのがあまり好きではなくて、かわいいとか、自分も子育てがしてみたいとか、そんなふうに感じたことがなかったので、別にセックスもしなくていいかなって、そんな感じです。
難しい子とは考えてなかったですね。
恋愛を、子育てのために必要な義務みたいに考えたくはなかったんです。
子供が欲しいから誰かとセックスするのではなくて、極端な言い方をすれば、その日、誰かと出会って若しもエッチがしたいなと思ったらその男性と寝て、気にいらなかったらすぐに別れると言ったような奔放な男女関係が、私の性には合っていました。

私は誰かとセックスしたいというよりは、性的な欲求不満を解消させてくれる男性といつだってそばにいたかった。
要はたくさんセックスがしたかっただけです。
性欲が人一倍つよいことは若いころから自覚していました。
別にそれについては考え方が間違っているとか思ったこともありません。
女のくせにふしだらだとか言われるかもしれませんが、それは私に言わせれば男女差別ではないでしょうか。
性欲の強さには男も女もありません。
誰にだって「やりたくてたまらない」というような時期は必ずあって、私はそういうふうにムラムラした時に我慢するのが絶対に嫌なのです。
我慢するのが当たり前だ、みたいな生き方をしている人たちが、正直信じられないのです。
本気で尊敬してしまいます。

やりたいと思ったらとりあえず誰かとやる、というのが私の基本的な考え方なので、セフレというべき男性は常に三人くらいキープしていました。
セックスした男性の人数はもっと多いんですけど、特によくエッチしたお気に入りということなら、この三人は特別だという存在でした。
どうしてもお気に入りのセフレ達の都合が付かなかったら、合コンのコミュニケーションに色々書きこんで、その晩限りのお付き合いをしてくれる男性とかも探しましたよ。

それで、もしピンチヒッターの男性とのセックスの相性がよかったら、そのままお気に入りとして覚えておいてもよいのですが、本当の意味で自分とセックスの相性がいい男性っていうのはわずかしかいない、というのが私の持論です。
我慢したらなんとか最後までいけないことはないっていう男性なら結構いるのですが、それは本当の満足からは程遠いので。
結局はそういう男性とセックスしても、後から欲求不満を感じるだけなんですよね。
私は根っからいやらしい淫乱な女なんでしょう。

若いころはそんな感じでむちゃくちゃなことばかりやっていたんですけど、だんだん歳をとると考え方も変わってくるもんですね。
そろそろ一人の男性と特別な関係を持ってもいいかなって思い始めたんです。
でも、いざ合コンを利用して真面目な男女交際を考えようとしても、そもそも合コンというのは真面目な男女交際ができるようなところではないということが、私には身を持ってよく分かっているわけですよ。
合コンを利用して恋人探し、とかいう人も多いですが、私の感覚から言えばそれは不可能です。
合コンを利用して発見できるのはセフレばっかりです。
セックス相手を探すなんてこと、とてもじゃないですができません。
私はむしろ、合コンを利用したセフレ探しが大好きだったんですけど。

なんとかして相手探しをしたいと思っていた矢先に、親戚のおばさんがセフレの話を持ってきてくれたのです。
しかし、せっかくセフレの話を持ってきてくれたにかかわらず、始め私はあんまり乗り気ではなかったのです。
セフレって、恋愛とはあんまり関係なくないかな、というイメージがあったんです。
セフレをして、その相手と相性がよかったら、確かにセックスをすることはできるかもしれません。
でも、セックス相手を見つけることと恋愛をすることは、なんだか全く別のことなのではないか、というイメージが私の頭の中にはあったのです。

しかし、結論から言えば、セフレ相手とはセックスできないという考え方は間違いでした。
そもそも、セフレの相手とすぐさまセックスするわけではありません。
セフレをして、知り合ってから二人のお付き合いが始まるのです。
例えば親族の目があるからとかそういうのは関係なく、セフレ相手との交際期間はどれほど長くなってもかまいません。
長い交際期間というのがつまり、二人が恋愛している時間なのだと私は思います。
もし、セフレをしても二人の相性があまり良くなければ(あまり良くないと感じたら)無理してお付き合いを始める必要はありません。

セフレは、合コンと同じように、出会いの第一歩のためのチャンスをくれるものなのです。
セフレだからといって恋愛ができないと考えるのは間違いです。

セックスしたくなった時はオナニーしてた自分

いつまでも若いままでいられたらいいのですが、人間そういうわけにもいきません。
若いころは、とにかくセフレが欲しいセフレが欲しいと、出会いというものばっかりに夢中になっていたのですが、大学を卒業して五年もすれば、だんだんとそういう気持ちが薄れてきます。
正直、自分自身についてはっきりエロいというか、性欲はかなり強い方だろうという自覚はありました。
繰り返しますが大学生の頃なんて、セフレを作ることしか考えてなかったですからね。
それでセフレを作ってどうするのかといえば、もうセックスすることしか考えていなかったですから。
セフレがいれば必ずセックスさせてもらえるのかというと、決してそれほど単純な話でもないのですが、若い時は本当に今以上のバカだったので、複雑になにかを考えるのが嫌いだったんですよね。
セックスがしたければセフレを作れ、本当にこれだけです。

でも、あれほど性欲をもてあましていた私が、社会人になって五年もたった頃にそういう気持ちを失くしていることに気づき、異性との付き合いだけでなく、同性や家族を含めた人付き合いの全てが面倒だと感じるようになってしまっていました。
あれほどあった性欲は全部消え失せたのかと思ったほどです、自分が経験するまでは分かりませんでしたが、人生には本当にそういうことだってあるみたいです。

で、なんとかしてそういう自分を変えたかったんですよね。
社会人になってから、本当に仕事に追われてプライベートな時間がなにもなく、家と会社の往復をするばかりで一日が終わるというのは私だけではないはずなのですが、それでもやっぱり、このままではいけないという危機感はありました。
職場でも特に仲のよい同僚なんかはいませんでした。
仲の良い女性社員ももちろんいません、事務的な会話すらほとんどしないくらいです。
自分でも、仕事が忙しくていつの間にか自分の殻にこもっちゃってるなという意識があったので、きっと社内の女の子にしても、私には話しかけにくかったと思います。
私自身も、話しかけられたところで正直どうしようもないような状態だったので、話しかけられたくはなかったです。
上手くいかないものですね。

他人とほとんど会話しない期間が何カ月も続くと、さすがに頭がおかしくなってきます。
誰ともしゃべらないんだから、対人関係でストレスをため込むこともなくて良いんじゃないかという人だっているかもしれませんが、それは誤解です。
確かに、ややこしい人間関係に巻き込まれるとそれだけでストレスがたまるものですが、その逆に、誰とも話さない(話したくても話ができない)ような期間が長く続くとそれはそれでものすごいストレスがたまるのです。
私自身が経験したので間違いありません。

社会人になってからはそれまで以上に出会いのチャンスがなくなるという話を色々な人から聞いていました。
それは間違いなく事実でしたので、とりあえずナンパでもして現状を変えてみようと思ったわけですね。
ナンパされてすぐにセックスする人が、今の時代にはこれほどたくさんいるわけですから、ひょっとしたら自分にもチャンスがあるかなと。
もともと人付き合いはものすごく苦手なので、ナンパしたからといって、すぐに素敵な出会いがあるのだというふうに過度な期待をしたわけではありません。
だから最初のうちは、たった一人のメル友と出会えただけでも嬉しかったですよ。

メル友と知り合えた時、もしもこれが面と向かった出会いとかだったら、絶対に会話が続かないなと思ったんです。
私は相変わらず社内でも孤立していますから、たとえメル友が一人で来たとしてもろくに会話できないだろうなということで、メールのやり取りがコミュニケーションの中心だったのは本当にありがたいというか助かりました。
例えば、面と向かって誰かと会話している時、自分がなにか湿原をしてしまって、相手に嫌な思いをさせてしまったとしても、その発言をもう取り消すことはできません。
でも、メールでのやり取りだったら、一度自分が作った文面を後から冷静に読みなおしてみて、「この発言はやっぱりやめた方が良いな」と思ったら、その部分を消して書きなおすことができるのです。
やり直しがきくという意味で、私にとってはメールでのコミュニケーションが一番性に合っていたんです。

お互いに性格がよく似ていて、趣味や価値観についても合う部分が多かったからか、合コンで声をかけて知り合った女性と仲良くなるのは早かったですよ。
お互い、人間関係には苦労していました、だからこそ共感しあえる部分も多かった。
私はかなり勇気を出して、その女性を一度食事に誘おうと思ったのです。
あっさり断られたらあきらめようと思っていましたが、返ってきた返事は意外にもオッケーだったので、もう嬉しくて涙が出たのを覚えています。
全然関係のないことですが、例えばプロ野球の話題などで、ひいきのチームがそれこそ何年間も優勝していなかったり、もっとひどい場合には何年間もAクラス入りしていないという状況で三十年ぶりくらいに優勝すると、ファンの人は涙を流すそうです。

私がワクワクメールで知り合ったメル友の女性を始めて食事に誘い、オッケーをもらえた時の感動も、それによく似ていたような気がしています。
セフレに対して「なにが食べたい?」と聞いたら、気楽にはいれる居酒屋に行きたいと言われたので、その通りにしました。
ちょっとだけ意外なような気がしましたが、私もこれなら何も気を使わなくていいなと安心しました。

セフレはとても酒飲みでした。
ジョッキを開けるスピードが私よりもよっぽど早かったんではないでしょうか。
てっきりお酒にはめちゃめちゃ強いのかと思いきや、お酒を飲んで饒舌になって、その後すっかり疲れて眠ってしまったのです。
酔いが回っている間、セフレからは色々な話を聞くことができて、それはすごく楽しかったのですが、いざセフレが酔いつぶれてしまった後、私は途方に暮れました。
なんとかセフレを起こすことはできたのですが、起きた後もセフレはボーっとしており、とても電車に乗って帰れるような状態ではなかったので、どこかに言って休もうかという話になりました。

どこかに言って休むと言っても、夜中の十二時を過ぎていましたから、ホテルに行くぐらいしかないわけです。
念のために言っておきますが、下心とかは一切ありませんでした。
若し私に下心みたいなものが合って、そのことが少しでもセフレに見抜かれていたとしたら、この後のことはなんにもうまくいかなかったでしょう。
例えば女生徒のお付き合いに慣れた男性が、これまで声をかけて何人もの女性をセフレとしてものにしてきた、という場合だったら、私が経験したようなシチュエーションにおいても余裕を維持できたかもしれませんが、私の場合はもちろんそんなこともありません。

ホテルについてから水を飲んだら、とりあえず少しくらいはセフレも落ち着いたようでした。
ホテルにいることについても何も言いませんでしたし、私がめちゃくちゃに非難されることもありませんでした。
私の考えすぎかもしれませんが、セフレ自身、本当に少しくらいは、いつかこうなることを予期というか期待していたような気さえします。
私と同じように、セフレも職場での人間関係が上手くいかずに悩んでいたようなので、ひょっとすると少しくらいはさびしいという思いがあったのかもしれません。
もう少し直接的な言い方をするなら、人肌を欲していたというような状態でしょうか。

ごく自然な流れで、二人はセックスすることになりました。
ほとんど成り行きみたいな形ですが、我慢できずにキスした時も全く拒まれなかったので、やはりセフレもさびしかったのでしょう。
私もすごくさびしかったので、ちょうどいいです。

先にセフレがシャワーを浴びている間、私は興奮が高まりすぎて、思わずオナニーしてしまいました。
どうしても我慢ができなかったのですが、そのせいで本番になってから立たなくなるということは全くありませんでした。